【考察・感想】黒猫|エドガー・アラン・ポーを読んで『ひぐらしのなく頃に』を思い出した話

黒猫考察アイキャッチ 文学

こんにちは!あんまきです。

今回紹介する一編は、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』です。

作者のエドガー・アラン・ポー(以降、ポー)は、あの江戸川乱歩の名前の由来となったアメリカの小説家です。多くの作家に影響を与え、近代推理小説の開祖とされています。

時代を超えて読み継がれる古典を読めば、他の作品の中からそのエッセンスを感じられた時、面白さが激増します。

ゆえに、ポーが1843年に発表した短編小説『黒猫』も、ミステリー好き必読の一編なのです。

この記事では私の独自解釈を交えて、『黒猫』の魅力を紹介します。

  • この記事は正しく考察することを目的としていません。積極的な誤読を楽しんでいます。
  • ネタバレ満載です。
  • 青空文庫で配信されている佐々木直次郎訳参照。
  • ちょっと残酷です。
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エドガー・アラン・ポー『黒猫』のあらすじ・概要

考察を展開する前に、『黒猫』のあらすじと概要を簡単に紹介します。

あらすじ

私的にここは重要だ!と感じる部分を強調しています。

あらすじ

主人公の男は、子供の頃からおとなしくて情け深い性格で、動物をこよなく愛していた。

男が若い頃に結婚した妻は、大変気のあう性格だった。男が動物好きであることに気づいた妻は、鳥類、金魚、犬、兎、小猿、そして”一匹の猫“を飼った。

その猫の名は、「プルートォ」という。プルートォは男によく懐いた。

数年後、男は酒乱になり、妻や飼っていた動物たちに暴力を振るった。プルートォだけは例外だったが、次第にプルートォにも”不機嫌のとばっちり“が向くようになった。

ある時、苛立った男がプルートォを捕まえたところ、驚いたプルートォに引っ掛かれ怪我をした。逆上した男はペンナイフでプルートォの片目を抉り取った。

翌朝、男は自分の罪に対して恐怖と悔恨を感じたが酒を飲んですぐに忘れた。

プルートォは男をひどく恐ろしがるようになった。そのことにさらに苛立った男はある朝、猫の首に輪縄をはめて一本の木に吊るした。

その日の晩、男の家は火事に見舞われた。妻と男は逃げ延びたが、全財産を失い男は絶望した。

火事の翌日、焼け跡の中に一部だけ残っていた壁に、薄肉彫りに彫ったかのように巨大な猫の姿が正確に表れていた。

誰かが俺を起こそうと部屋に猫の死骸を投げ込んだに違いないと妄想したり、何かしらの化学反応のせいにしたりする男。

良心の呵責に苛まれながらも理性では納得し、男はプルートォがいなくなったことを悔やむようになった。

プルートォに似た黒猫探しを始めた男は、ある夜、ごくタチの悪い酒場で”非常に大きな猫“を見つけた。

この猫には、”胸のところがほとんど一面に、ぼんやりした形ではあるが、大きな、白い斑点で蔽われている“という特徴が見られた。プルートォには一本も白い毛がなかった。

唐突に男に懐く猫。男は酒場の主人にこの猫を飼いたいと申し出る。主人は、「自分の猫じゃないし、そんな猫見たことない」と言う。

猫は自ら男の家に居着き、妻の非常なお気に入りになった。

猫を連れ帰った翌朝、男は猫の片目がないことに気づいた。男の憎しみは増し、妻は猫をより一層可愛がるようになった。しかし、男が嫌えば嫌うほど猫は男に懐き、男は猫を恐れた。

かつての後悔から虐待することはなかったが、男は猫から無言のまま逃げ出すようになった。

数週が経ち、猫の白い毛の斑点の輪郭が徐々にはっきりとして、絞首台の形を表すようになった。男の恐怖と苛立ちは頂点に達した。

男の癇癪は悪化し、再び妻に当たり散らすようになった。

ある日、男は妻と共に古い穴蔵の中に降りようとしていた。男についてきた猫は、いつものように男の足に擦り付いた。

猫が自分を階段から突き落とそうとしたに違いないと怒りに駆られた男は、斧を振り上げ、猫めがけて一撃に打ち下ろそうとした。

しかし、その一撃は妻によって遮られた。更なる憤怒に駆られた男は、斧を妻の脳天に打ち込み、殺害した。

”中世期の僧侶たちが彼らの犠牲者を壁に塗り込んだと伝えられているように“、妻の死体を壁に寄せかけ、煉瓦で囲い、その上から漆喰を念入りに塗り込み、隠す男。

全ての元凶は猫にあると思い込み、男は猫を探すが一向に見当たらず、これでようやく安眠できると男は安堵した。

二、三日経っても猫は姿を現さない。その間に家宅捜索が行われたが、妻の死体が見つかることはなかった。

四日目、再び男の家を訪れる警察の一隊。しかし妻の死体の在処を突き止めることができず、警察が引き揚げようとしたその時、男は意気揚々と家の自慢を始めた。

”気違いじみた空威張り“で、手にした杖で死体が埋められている部分の煉瓦細工を強く叩いた拍子に、”慟哭するような悲鳴“と共に、ひどく腐乱した妻の死骸があらわになった。

妻の死骸の頭の上には、片目を光らせた猫が座っていた。

男は警察に連行され、絞首刑の執行を待つ身となった。

概要補足

登場人物男(主人公)、男の妻、プルートォ、黒猫、酒場の主人、警察の一隊
主な舞台男の自宅
時代背景不明(1800年代と仮定)

本作の舞台となる正確な地名は不明。

主人公である男が酒乱であるのと同様に、作者であるポー自身も賭博、大酒で悪名を馳せていたそう。私小説に近い印象を抱いたので、時代背景はポーの生存期間である1809年から1849年頃と仮定します。

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考察

ウチの黒猫ちゃん(赤子ver)。かわいすぎる

ここからは私の勝手な考察です。

ひぐらしのなく頃に』というゲーム(メディアミックス多数)との類似点に触れますので、ネタバレを徹底的に回避したい方は、回れ右!をおすすめします。

一般的な読み方

動物好きでやさしいはずの主人公の男が、酒に飲まれて豹変。妻や動物を虐待して、その内の猫が化けて出て復讐した話。

ポー曰くの「怪奇(バロック)」で、この世のものではない妖(あやかし)による怪談話と捉える人が多い印象です。

私の勝手な考察

黒猫の正体

私の勝手な考察ですが、プルートォが亡くなった後に飼った黒猫は、ただの猫だと考えています。黒猫の怪しい所業の数々は、男の被害妄想が生み出した幻影ということです。

妻は可愛がっていたという記述があることからも、なんの変哲もない猫だったと考えられます。

冷静に考えればわかることなのに、被害妄想に囚われていると、現実を歪めて認識してしまうことってありますよね。

そう、『ひぐらしのなく頃に』の雛見沢症候群のように…。

雛見沢症候群とは

連作サウンドノベル『ひぐらしのなく頃に』(制作:07th Expansion、監督・脚本:竜騎士07)に登場する架空の風土病。寄生虫が原因の感染症とされる。

精神的な不安や強いストレスが引き金となり、幻覚・幻聴・異常行動・極度の疑心暗鬼を引き起こす。

被害妄想の原因

なぜ被害妄想が原因だと考えるに至ったか。その根拠とする一節がこちら。

動物の非利己的な自己犠牲的な愛のなかには、単なる人間のさもしい友情や薄っぺらな信義をしばしば嘗めたことのある人の心をじかに打つなにものかがある。

エドガー・アラン・ポー(佐々木直次郎訳)『黒猫』より

子供の頃からおとなしくて情け深い性質だった男。なのに”単なる人間のさもしい友情や薄っぺらな信義をしばしば嘗めたこと“があると突然の人間不信アピール。

これ、フラグではないでしょうか。たとえば、妻が不貞を働いた、もしくは疑われるような行動を取ったため、男は疑心暗鬼に陥り、惨劇を引き起こすきっかけとなった、など。

そして妻は男を喜ばせようと鳥類、金魚、犬、兎、小猿、そして「一匹の猫」を飼いました。

この一匹の猫は黒猫なのですが、妻が連れてきたにも関わらず、妻は当初黒猫に良い印象を抱いていません。

心ではかなり迷信にかぶれていた妻は、黒猫というものがみんな魔女が姿を変えたものだという、あの昔からの世間の言いつたえを、よく口にしたものだった。

エドガー・アラン・ポー(佐々木直次郎訳)『黒猫』より

少々不自然ではありませんか?

つまり、黒猫(プルートォー)の到来は、妻の魔女化のメタファーと考えられます。ちなみにプルートォーはローマ神話における冥界を司る神のことです。

そしてこのセリフのあと、男はわざわざ妻を擁護しています。

彼女だっていつでもこんなことを本気で考えていたというのではなく、ーー私がこの事がらを述べるのはただ、ちょうどいまふと思い出したからにすぎない。

エドガー・アラン・ポー(佐々木直次郎訳)『黒猫』より

この短い話の中で、わざわざ補足する理由とはなんでしょう。怪しい、怪しすぎます…!

ノックスの十戒で言うところの”探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない“に則り、ちゃんとヒントを提示してくれているとしか思えません!

なんにせよ、男は妻に不信感を抱いていると私は読みました。男は惨劇を回避することができるのでしょうか、果たして…。

酒乱?それとも…

ポー自身が酒乱ということもあり、主人公にその性質が投影されている模様。

酒が人間をダメにするんじゃない。人間はもともとダメだということを教えてくれるものだ

by.立川談志

主人公の男は子供の頃はおとなしくて情け深い性質だったそう。普段はいい人なのにお酒を飲むと豹変する人っていますよね。

よくあることだと納得しそうなところですが、ひぐらし脳で見ると男は「H173(雛見沢症候群を強制的に発症させる薬品)」を投与されたのかもしれません。すると酒場の主人が怪しいですね(笑)。

時代背景的に無理があるとわかっていますが、言いたかったので言ってみました。

焼け跡の壁にあらわれた巨大な猫の姿

殺されたプルートォーは、首に縄とかけて木に吊るされました。そしてその日の夜、男の自宅は火事に見舞われました。

翌日、焼け跡を見に行くと、残された壁に巨大な猫の姿が浮かび上がっていたそうです。出ました、「妖怪」!

最初この妖怪――というのは私にはそれ以外のものとは思えなかったからだが――

(中略)

猫が家につづいている庭につるしてあったことを私は思い出した。火事の警報が伝わると、この庭はすぐに大勢の人でいっぱいになり、――そのなかの誰かが猫を木から切りはなして、開いていた窓から私の部屋のなかへ投げこんだものにちがいない。これはきっと私の寝ているのを起すためにやったものだろう。そこへ他の壁が落ちかかって、私の残虐の犠牲者を、その塗りたての漆喰の壁のなかへ押しつけ、そうして、その漆喰の石灰と、火炎と、死骸から出たアンモニアとで、自分の見たような像ができあがったのだ。

エドガー・アラン・ポー(佐々木直次郎訳)『黒猫』より

心のコンディションが悪い時は、壁のシミですら憎いアンチクショウの顔に見えてくること、ありますよね。そんな感じです。

「妖怪の仕業」と済ませずに、屁理屈捏ねて納得しようとするあたり、さすが近代推理小説の開祖といったところでしょうか。

「この世には不思議なことなど何もないのだよ、関口くん」

と、中禅寺明彦(京極夏彦「百鬼夜行シリーズ」の登場人物)の名台詞が聞こえてきそうです。

京極夏彦の初期作品や、西尾維新の物語シリーズの「怪異」もこの流れですよね。

黒猫の正体は男の被害妄想説を推している私としては重要なポイントです。

酒場の主人には黒猫が見えていない?

プルートォーを惨殺したのに再び猫を欲しがる男。囚われてますねぇ。

ごくタチの悪い酒場で「非常に大きな猫(プルートォくらいの大きさ)」の猫を発見した男、この猫を飼いたいと酒場の主人に申し出る。

しかしこの酒場の主人、その猫を自分のものだとは言わず、「――ちっとも知らないし――いままでに見たこともない」と言うのです。

これ、酒場の主人には猫が見えていない可能性がありませんか?前後の文章にも、酒場の主人がはっきりと猫を認識している描写はありません。

ここでもう一つの仮説を生み出すこともできます。黒猫(2番目)には実体がないということです。

この手の作品の主人公の語りは信用してはいけないと言うのが鉄則です。黒猫が男(と妻)にしか見えていないと言うことに気づいていない、そして作者はその事実を隠している可能性が高いです。

このことから、「黒猫の正体は男の被害妄想説」イコール「黒猫は男(と妻)にだけ見える幻覚」とも読めるのではないでしょうか。

まさかの黒猫イコールオヤシロさま説爆誕です(かなり無理がありますね)。

オヤシロさまとは

『ひぐらしのなく頃に』に登場する祟り神。舞台である雛見沢村の守護神であり信仰の対象でもある。

「黒猫の正体は男の被害妄想」説の補足

懲りずに黒猫を飼い始めた男、再び黒猫に対して嫌悪の情を抱く。

疑いもなく、その動物に対する私の憎しみを増したのは、それを家へ連れてきた翌朝、それにもプルートォのように片眼がないということを発見したことであった。けれども、この事がらのためにそれはますます妻にかわいがられるだけであった。

エドガー・アラン・ポー(佐々木直次郎訳)『黒猫』より

いや、片眼がないってかなり異常事態ですけど、なんで翌朝まで気づかなかったの?酔っ払ってたから?暗かったから?ますます信用のない語り手だ…。

ですが、妻にも黒猫が見えていることが確実となる描写ですね。

正確な読みかどうかはさておき、妻には黒猫が見えていると思います。見えているけど、実体があるかどうかは案外重要じゃないとも考えています。

理由は、黒猫は妻の化身でありメタファーだから。やはりこの夫婦の間には何か闇があるのです。男が頑なに隠している真実、それに触れられないことこそが闇です。

どうしてだか、またなぜだかは知らないが――猫がはっきり私を好いていることが私をかえって厭がらせ、うるさがらせた。だんだんに、この厭でうるさいという感情が嵩じてはげしい憎しみになっていった。

エドガー・アラン・ポー(佐々木直次郎訳)『黒猫』より

強いていうなら、これが原因でしょうか。妻は純粋に男を愛している。男はそんな妻を疎ましがっている。男には人間不信の気があるので、無条件の愛が恐ろしいのかもしれません。

そういえば猫が化けて出る怪談話って、大体女性がセットですよね。そして女性が猫を可愛がっている。同時に、猫が嫉妬深さや復讐の象徴とされることが多いです。

本作品に関していえば、妻が男を恨む理由は明示されていません(酒乱で暴力を振るわれてはいますが)。

この書かれていない事実について妄想して楽しめるというのが、古典の短編を読む醍醐味ですね。

猫の毛の模様が絞首台の形ってどんなんや

猫の毛の模様が微妙に変わることはあります。でも絞首台の形になるってどういうことでしょう?

とりあえずどんな形か調べてみました。

絞首台

ちょっとよくわかりません。

ポーもしかしてめっちゃ猫好き?

35年間猫と共に生活し続けてきた私が、本作品の中で一番気に入っている箇所がこちら。

一匹の畜生が私に――いと高き神の像に象って造られた人間である私に――かくも多くの堪えがたい苦痛を与えるとは! ああ! 昼も夜も私はもう安息の恩恵というものを知らなくなった! 昼間はかの動物がちょっとも私を一人にしておかなかった。夜には、私は言いようもなく恐ろしい夢から毎時間ぎょっとして目覚めると、そいつの熱い息が自分の顔にかかり、そのどっしりした重さが――私には払い落す力のない悪魔の化身が――いつもいつも私の心臓の上に圧しかかっているのだった!

エドガー・アラン・ポー(佐々木直次郎訳)『黒猫』より
あんまき
あんまき

いや、めっちゃ喜んでますやん。

これは実際に猫を飼った人間にしかできない描写ですよ。

猫が憎い憎いと言いながら飼う男。猫はそんな男のことが大好き。きっと寝る時まで一緒だったのですね。

股の上で寝るウチの猫

寝ている時に胸の上に猫が乗っているなんて、飼い主冥利に尽きるというもの。私はそのお陰で坐骨神経痛になりましたけど、むしろご褒美だと思ってます、ええ。

悪様に罵りながらも、実はポーは猫が大好きなのでは、と思わせる一節でした。らぶい。私も寝起きにこのセリフを読み上げながら猫吸いしたいと思います。

ラスト 〜オヤシロさまは「い」るの〜

男が妻を惨殺して壁に埋めて、黒猫が行方不明に。

警察の家宅捜索を受けている最中にストレスがピークに達したのか、調子に乗って妻の死体が埋まっている部分の壁を杖でどつく男。結果、死体がポロリ。

妻の死体の頭の上に乗っていた黒猫絶叫。男警察に連行される。ジ・エンド。

壁に埋められて猫が生きていられるハズがないので、この絶叫は男の幻覚及び幻聴でしょう。

黒猫が実際にそこにいたのかどうか。このラストシーンでは男の被害妄想レベルがMAXになっているので、男の証言を鵜呑みにすることはできません。

彼には見えちゃってますね、オヤシロさまが。この後男は首を掻きむしり始めるのではないでしょうか(『ひぐらしのなく頃に』、見てね!)。

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まとめ:被害妄想って怖いね。

本作品の私のお気に入りの読みは、「猫は男の被害妄想が生み出した幻」でした。残念ながら、惨劇は回避できませんでしたね!

壁に死体を塗り込むトリックは、『金田一少年の事件簿』の学校の七不思議を彷彿とさせます(私は堤幸彦×堂本剛のドラマ推しです)。

製作者が意図しているかはさておき、今回触れた作品以外にも、類似点が見られるものはたくさんありそうです。

150年以上前の作品ですが、古さを感じさせない、考察しがいのある作品でした。この作品の要素を分解して再構築すれば面白い作品がまだまだたくさん作れそうです。

いつか『くろねこのなく頃に 解』的な短編でも書いてみようかな、なんちゃって。

この記事は飽くまで私の妄想考察なので、間に受けずに、みなさんも自由に考察して楽しんでくださいね!

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