こんにちは!あんまきです。
江戸川乱歩の短編小説『人間椅子』を20年以上ぶりに読み返したところ、初読時とはまったく異なる読みができまして、自分でも衝撃を受けたので紹介します。
この記事はネタバレ満載なので未読の方はお気をつけください!
私の考察が正しい!という主張ではなく、こういう読み方をしても楽しいかも?という提案です。皆さんの考察の一助となれましたら幸いです!
江戸川乱歩『人間椅子』とは
『人間椅子』は、1925年(大正14年)に発表された江戸川乱歩の短編作品で、乱歩31歳の時分に執筆されたエログロナンセンス小説です。
1925年は乱歩が作家人生を歩み始めた年であり、初期作品であり代表作。同年に『D坂の殺人事件』や『赤い部屋』なども発表されています。
そんな中、ネタ切れを起こした乱歩が籐椅子にもたれて「椅子、椅子」と呟いていたら、「椅子の形が人間がしゃがんだ格好に似ている!」と思いつき、
大きな肘掛け椅子なら人間入れそう。→ 人間入っているって知らずにその椅子に座っちゃったら怖くない?
と閃いたのだとか。そして生まれたのが『人間椅子』です。
ネタの時点から異彩を放ちまくりの本作をざっくり要約すると、
自分で制作した椅子の中に潜んでこっそり人との触れ合いを楽しんでいた男が、とある女性作家に恋をして、ラブレター書いちゃいました!
という話になります。
その衝撃的な内容は多くのファンの心を鷲掴み。本作がバンド名の由来になった人間椅子もお忘れなく。(好きです。)
1997年に水谷俊之監督が、2007年には佐藤圭作監督が映画化。本作を題材としたテレビドラマも数多く制作されています。
概要
主な登場人物 | 椅子職人の男、桂子(女性作家) |
主な舞台 | 大都会にある女性作家宅、Y市の外資系ホテル |
時代背景 | おそらく大正時代 |
大正14年の作品なので時代背景は大正時代とします。この時代に、外交官の夫があり、大都会に洋間付きの家を持つ桂子は大変裕福な暮らしを送っていることがわかります。
外国人が多く訪れる外資系のホテルが登場するY市、これはおそらく横浜でしょう。とすると、大都会は東京と考えられそうです。
あらすじ
『人間椅子』の主な登場人物は、椅子の中に潜む椅子職人の男と、桂子(女性作家)の2人。そこに桂子の夫を付け加えます。
- 椅子職人の男:生まれつき容姿が醜く、貧しい家の生まれ。強いコンプレックスを持つ。椅子職人としての腕は確か。
- 桂子(女性作家):美しい閨秀作家。外務省書記官の夫の影が薄くなるほどの売れっ子。未知の崇拝者(ファン)多数。
- 女流作家の夫:外務省書記官。朝10時以降は家にいない。椅子を購入した。
椅子職人の男の独白と思わしき文、もとい手紙が認められた原稿用紙を、桂子が読む形式で物語は進みます。
外交官の夫を見送った後、桂子(女性作家)は自分宛のファンレターに目を通してから、仕事に取り掛かるのが日課だった。
ある日、ファンレターに混じって表題も署名もない「奥様」という呼びかけから始まる原稿用紙が届く。
その不気味な原稿用紙は椅子職人の男が認めたものだった。
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椅子職人の男は容貌が醜く貧しかったため、その惨めさを紛らわす術を持たずに育ったが、職人としての腕は確かで凝った椅子も制作することができた。
男は外国人専門ホテルに納品される椅子を制作していたところ、椅子の中に人間が入る空間を作れば、椅子に潜んでホテルに潜入し盗みを働けるのではと閃き、実行する。
思惑通りに盗みは成功し一財産築いた頃、外国人の少女が椅子に座ったことをきっかけに、男は椅子の革ごしに感じる女性の感触に喜びを感じるようになった。
外国人ではなく日本人と触れ合いたいと男が願うようになった頃、男が潜む椅子は古道具屋に売られた。
その椅子を買い求めたのは外交官のある男だった。
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男が潜む椅子が買われた先は、桂子の邸宅だった。椅子は書斎に置かれ、桂子が愛用するようになり、男は念願の日本人の肉体の感触に大歓喜。
そして男は桂子に一方的に恋をした。
桂子に自分の想いを伝えたいと考えた男は椅子から出て手紙を書いた。
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原稿用紙に認められた手紙を読む桂子の元に、同じ筆跡の封書が届く。
そこには、先に送った創作を批評してほしい旨が書かれていた。
考察
ここからは私の勝手な考察ですのでご了承ください。
素直に読んだ場合
椅子職人は生まれつき容姿が醜く、貧しい暮らしを送ってきました。そんな彼が裕福で美しく才能にも溢れた女性作家に恋をする。
「椅子の中の恋」はちょっと愛情表現が歪んでいるだけで、構造をそのまま解体してしまえばただの悲恋です。
最近は能力主義を見直そうという流れが強いので、椅子職人の男に同情する人も多いのでは。
でも、本当にそれだけでしょうか?だってこれ書いたの、江戸川乱歩ですよ。もっとえげつない仕掛けが隠されていてもおかしくないはず…!
【私の推し考察】女性作家のメタ作品としての『人間椅子』
本作のラストは、椅子職人の男が
最初に送った手紙(原稿用紙)は創作でした〜!女性作家の先生、感想聞かせてくださ〜い!
と告げるメタ展開で終わります。この場合、
- 作家志望者が憧れの女性作家(桂子)に自分の創作物を送って感想を聞きたかった
→男は創作の中の架空の人物でしかない - 椅子職人の男の照れ隠しか罪の意識に苛まれて「あれは創作でした」と言った
→男は存在して、椅子に潜んでもいたけど、最後に怖気付いた? - 椅子職人の男の歪んだ愛情は桂子を翻弄して心を征服することに喜びを感じている
→これがメジャーな解釈でしょうか
など、さまざまな解釈ができます。が!私が再読してたどり着いた考察は、
桂子(女性作家)が自分をモデルにして書いたノンフィクション風スリラー小説なんじゃない?というものです。
ラストの一節
では、原稿には、態と省いておきましたが、表題は「人間椅子」とつけたい考えでございます。
では、失礼を顧みず、お願いまで。匆々。
江戸川乱歩『人間椅子』
この一節を、この作品原稿を持ち込まれた出版社の編集者の視点で見ると、作者のサイコっぷりが感じられます。
要するに、”表題は『人間椅子』とつけたい”作品をさらに俯瞰している第三の人物・真の作者が存在し、桂子に自分を投影しているということです。
乱歩作品に登場する美女は作中で特殊性癖が目覚める展開が多いので、桂子が「信用のない語り手」に見えます。
■例1:真の作者はコンプレックスを抱く売れない女性作家
桂子は美しく才能あふれる作家という設定ですが、真の作者は椅子職人の男と同様に容姿に強いコンプレックスを抱く売れない女性作家だと仮定します。
たくさんのファンを抱える売れっ子作家になりたいと憧れるが現実の自分は程遠く、そんな惨めな想いを創作で解消しようとしたとするといかがでしょう。
さらに、「異常な程の熱情を異性から向けられたい、でも容姿には自信がない」という悩みを解決する術に「触覚芸術論」(江戸川乱歩『盲獣』より)が用いられています。
これは椅子職人の男性の独白や乱歩作品に多くみられる「目には見える美醜とは別次元の触覚の美」ですね。
真の作者の歪んだ欲望を投影した作品として、これを出版社に持ち込んだら…狂気を感じますがワンチャンデビューできるんじゃないでしょうか(笑)。
■例2:真の作者は桂子(女性作家)自身
桂子は推理小説作家で、自分を登場させたメタな作品を書いてみた、というもの。
すると桂子は江戸川乱歩(作者本人)の立場ですね。それを作品の中でマトリョーシカのように書いたのでは、という考察です。
この場合は桂子のテクニック、もとい江戸川乱歩先生の超絶技巧に脱帽です。個人的にはこの考察が一番しっくりきています。
また、椅子の中に詰まっていたのは女性作家の欲望そのものだった…というオチにしても、乱歩っぽくてお耽美でそそりませんか?(妄想)
椅子に入っていたのは実は夫だった説
椅子の中に入っていたのは実は外交官である夫だった、という展開はいかがでしょうか。
桂子は外交官の夫が霞むほどの売れっ子作家である、という描写があるため、桂子と夫の仲はギクシャクとしていた、とも考えられます。
桂子との仲を回復させたい夫は、なぜか椅子に入って桂子に接近。密かな触れ合いを楽しみ、手紙を書いて
「実は椅子の中に入っていたのはボクちゃんでした〜!ドッキリ大成功〜!」
とやることで新しい風を吹かせたかったのかもしれません。
こんな夫、どうでしょう?桂子がサイコな人だったら喜ぶかもしれませんね。
私は嫌いじゃないけどな!
感想
さらに勝手な私の感想を述べます。
私も椅子に入りたい
私はこの椅子に入りたいです。人の無防備な姿を見るのってとても愉快ではありませんか?
ものすごく美人な女性がうっかり鼻をほじっているところに出くわしたりとか、聞いてはいけない闇が深い独り言を聞いてしまったりとか…想像するだけでワクワクします。
椅子職人の男が外国の要人を刺し殺す妄想をしている描写がありましたが、目の前に無防備な人間が、しかも自分の膝の上に乗っていると思えば、征服欲も満たされます。
口には出さずとも、椅子に入りたい願望を持つ人は多いと思っていますよ…。
悪魔の証明
乱歩の「見えない何かにリアルすぎる存在感を生み付ける筆力」は読んでいてクセになります。しかも小学生にも理解できる平易な文章というところがすごい。
『人間椅子』を読んで、自宅に他人が潜んでいないか確認したという人も多いのでは?
でもですね、「悪魔の証明」という言葉があるように、ないことをないと証明することはできないんですよ。
宇宙人は存在する!ということを証明したいなら、宇宙人を捕まえてくればいいですが、
宇宙人は存在しない!ということはどう頑張っても証明不可能ですよね。もしかしたらいるかもしれないという可能性は常に残りますから。
だから見えない隣人がいないということも証明できないんですよ…ふふふ…。
『人間椅子』は30分で読める短編にも関わらず、無限の解釈が可能な偉大な作品です。時の洗礼を受けた作品はやはり深みが違いますね。
映画やドラマ作品、アニメ『乱歩奇譚』なども、乱歩作品に独自解釈を加えて楽しいエンターテイメント作品に仕上がっています。
いろんな作品を見て皆さんも自由に解釈してみてくださいね〜!
ちなみに乱歩の映像作品の配信は圧倒的にU-NEXTが多くておすすめです。
乱歩作品は青空文庫でも一部読めますが、Kindle Unlimitedでかなりの作品数が網羅されています。解説がついているものもあるのでより理解が深まりますよ。
乱歩のエログロナンセンスに再びハマったので、また考察記事書きたいと思います!それでは!